amane日記

テーマにこだわらず思ったことを綴っています。好きなものはディズニー、カフェ、お寺&神社巡り。

乳がん検査に行ったら手術することになったお話 ③

前回の記事

 amane8.hatenablog.com

手術を受けることを決めてから10日間、
手術への不安よりも未知の体験への好奇心の方が勝っていました。

ですが、しこりに対しての不安はありました。

ふと気づくと
「何故『判定が困難』という結果になったのか」
という答えのない思考を巡らせていました。

細胞がどのように良性から悪性になるのかは知りませんが、
現在しこりは良性から悪性への移行期で
細胞診ではたまたま良性部分を削り取ってしまった。
組織としては良性悪性入り混じっているから判断がつかないのかも。
悪性化が進行していけば手術を受けるころには悪性になっているのでは。
等々。

普段乏しい想像力がこんな時だけよく働いてくれました。

やはり手術決断から当日までは日にちを開けなくて正解でした。

そして迎えた手術当日。

① 自覚症状~初診
② 検査結果~手術前検査
③ 手術当日    ←今回の記事
④ 術後~診断結果
番外編 手術代、医療費総額

 

 

手術当日(4/19)

自宅にて

手術は14時半からでした。

友人から「好きなものとかおいしいものを食べてがんばってね!!」
と励ましてもらっていたので
ハムサンドと前日に焼いたスコーンで朝食。
残念ながら、コーヒー、紅茶はNGだったので飲めませんでした。*1

比較的落ち着いて過ごしていましたが、
時間が経つにつれて何をしていても手につかず、
心ここにあらずな状態になってきました。

 

病院へ

母に付き添ってもらい、14時少し前に病院へ。

通されたのは手術室のすぐ隣にある病室。

ここで手術着への着替えと服薬。
処方されたのは、安定剤、吐き気止め、抗ヒスタミン剤など4種類。

多少の緊張感はありましたが、不安とか恐怖は全く感じませんでした。

手術着がピンクとブルーの配色で「かわいいなー」と思う余裕があったくらいです。

看護師さんが呼びに来られるまでベッドに横になって待っていると
安定剤のおかげなのか意識がふわふわとして眠たくなってきました。

 

手術室

看護師さんが呼びに来られたので母に見送られて歩いて手術室へ。

なんだか怖そうな空間をイメージしていましたが、
普通の部屋と大差ありませんでした。

部屋の中央に置かれた手術台とその周りにある多数の医療機器。
ベッドの頭上には大きなライト。

「ドラマで見たことある光景だなー」とゆっくり見まわす暇も心の余裕もなく、
看護師さんに言われるがままに手術台に上がり、気づくと腕を固定されていました。

左腕に血圧計、指には酸素計を装着。
右腕には点滴をするために針を刺されましたが血管が細くてなかなか針が入らず…。
3回ほど刺し直しされました。

この間にどんどん集まってくる先生方。
執刀医の先生を含めて3人。
その他に看護師さんも多数いらっしゃいました。

手術という大きな医療行為ですので当たり前なんですが、
「自分1人のためにたくさんの専門技術を持った人たちが集まってくれている」
と思うと特別待遇を受けているようで安心できました。

点滴が入ったら尿道カテーテル
入る瞬間が気持ち悪かったですが、入ってしまえば違和感はありませんでした。*2

そして手術箇所への麻酔。
点滴の刺し直しと、この麻酔が今回の手術(術後も含めて)一番痛かったです。
細かく何か所も何か所も針を刺されました。

体に針を刺すのは本当に慣れませんね。
先生方は痛がる私にずっと優しく声をかけてくれていました。

局所麻酔が終わると全身麻酔用のマスクを付けられて準備完了。


時間は15時過ぎくらいだったと思います。
時間を読み上げる看護師さんの声がうっすらと聞こえてきました。

 

全身麻酔

マスクから出てくるガスで
手足の感覚がなくなり、意識がどんどん薄れていきます。

暗闇に白い煙が充満してきて、その中に引きずり込まれていくような感覚でした。
「死ぬ時ってこんな感じなのか…」と考えていたら、苦痛に顔をゆがめていたようで
一度先生に起こされてしまいました。

希死念慮を感じることはよくあるのに
いざその時がくるとやっぱり怖いものなのか…」
と、冷静に考えた自分がちょっと滑稽に思えました。

「まあ、本当に死ぬわけじゃないし。」と、安心して意識を手放していきました。

 

手術中

手術中は意識があったりなくなったりを繰り返していました。

痛みはありませんでしたが皮膚を引っ張られるような感覚があったり、
先生方の声や心電図計の音がかすかに聞こえているような状態。

夢を見ているような感じでしたが、あまり気分のいいものではなく、
「早く終わらないかな…」と何度も思っていました。

例えると、
夜行バスで起きてしまい、眠れないけど動くこともできないようなつらさでした。

もしかしたら
手術中は完全に意識がない方が楽なのかもしれませんね。

 

起床

そんな感じで意識がある状態とない状態を何度か繰り返していると
先生に顔を軽く叩かれ、マスクを外され、「終わったよ」と起こされました。

寝起きのように意識はぼんやりとしていましたが
されるがままに起き上がり手術着を着させてもらい
歩行器を使いながら歩いて病室へ戻りました。

はっきりと思い出せませんが17時くらいだったかと思います。

手術の準備が終わり実際に始まったのが15時過ぎだったと思うので約2時間ほどの手術でした。

傷口はカーゼで覆い、
その上からハンドタオルを被せ、
胸帯(きょうたい)と呼ばれるスポーツブラのようなものをつけている状態でした。


取り出したものは赤と緑と黄色が混ざったような不思議な色の球体でした。
赤い塊のようなものを想像していたので驚きました。
これを病理検査して「がん」なのか「腫瘍」なのかを判断することになります。

 

帰宅

30分ほどベッドで休んだ後、帰宅。

まだ麻酔が残っているのか頭がぼんやりとしてとにかく眠かったですが
痛みはなく、気持ち的にも元気だったので自分でも安心しました。


飲食は術後2時間後から可能。
夜ご飯は私の大好きなハンバーグでした。
食欲も十分にあったのできっちりと完食。

処方されたお薬を飲んでこの日は早めに就寝しました。


夜、自宅のベッドで横になった時にすごく解放感があったのを覚えています。
表面には出していないつもりだったのですがだいぶ緊張していたんでしょうね。
自分の落ち着ける空間で過ごせるのはすごく大切なことだと思うので、
「日帰り手術」を推奨している病院で良かったです。*3
病院を選んだ時には手術のことまで考えていなかったので
結果論なんですが。

最初は1人で行って1人で帰ってくるつもりでいましたが、
母が仕事を休んで付き添ってくれました。
麻酔が切れているとはいえまだ朧気な意識と足取りで帰宅ラッシュの中帰るのは
かなり無謀だった気がします。
手術した胸をかばいながら近くの駐車場まで数分歩くのも一苦労でした。

母には、検査を受けたと伝えた時から心配や苦労をかけっぱなしでしたが、
つらい時にそばにいてくれて本当にありがたかったです。

 

続き

amane8.hatenablog.com

*1:食事は10時まで、水分は12時まで接種可能でした。

*2:生理中でしたが看護師さん方がうまく処理をしてくれていました。

*3:それに、夜の病院ってちょっと怖いし……

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